認知症におけるAIとスマートフォンアプリの活用による長時間健康管理と予防的介入の有効性に関する考察

 認知症におけるAIとスマートフォンアプリの活用による

  長時間健康管理と予防的介入の有効性に関する考察

 

社会医療法人崇徳会 山口勇司

【要 旨】

認知症は超高齢社会において最も重要な医療・介護課題の一つであり、患者本人の生活の質(Quality of Life: QOL)と介護者の負担軽減を両立させることが求められている。従来の診療は医師による短時間の診察や介護者による日常的なケアに依存していたが、行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia: BPSD)の突発性や進行予測の困難さから、十分な管理は難しかった。近年、人工知能(AI)とスマートフォンアプリを組み合わせた技術が登場し、長時間にわたるモニタリングと予防的介入を可能にしている。本稿では、認知症領域におけるAI・アプリの活用事例を整理し、その有効性、課題、今後の展望について論じる。

【キーワード】

認知症ケア、人工知能(AI)、スマートフォンアプリ、BPSD予測と介入、認知機能訓練

 

【背 景】

日本では2025年に高齢者人口が急増し、認知症患者数は約700万人に達すると推計されている。認知症は記憶障害や認知機能低下のみならず、徘徊、幻覚、興奮などのBPSDを伴うことが多く、介護者の精神的・身体的負担を著しく増大させる。従来の医療モデルでは、医師が外来診療時に短時間で診断・指導を行い、介護者が日常生活で対応する形が一般的であった。しかし、症状の変動が大きく、突発的な行動が多いため、診察時のみの介入では十分な管理が困難である。この課題に対し、AIとスマートフォンアプリは24時間対応可能なモニタリングと予防的介入を提供し、専門家の判断を補完する役割を果たす。

 

AIとアプリによる診断支援】

認知症の早期診断は治療方針決定や介護計画策定に不可欠である。従来の認知機能検査(MMSEなど)は時間と労力を要し、患者負担も大きい。近年開発されたETCAEye Tracking Cognitive Assessment)アプリは、視線解析技術を用いて短時間で認知機能を評価できる。臨床試験ではMMSEとの高い相関が確認され、認知症検出精度はAUC 0.864と報告されている。このようなアプリは医療機器プログラム(SaMD)として薬事承認を受け、診断支援ツールとして活用され始めている。

 

BPSD予測と予防的介入】

認知症ケアにおいて最も困難なのはBPSDの管理である。従来は症状が出てから対応する「事後的介入」が中心であったが、AIはセンサーや環境データを解析し、発症前に予兆を検知することが可能となった。例えば、DeCaAIDementia Care-Assist AI system)は脈拍・体動・室内環境データを解析し、3060分前にBPSD発症を予測する。介護者には具体的なケア方法(環境調整、声かけ、散歩提案など)が提示され、事前対応が可能となる。これにより介護者の負担軽減と本人の不安抑制が実現される。

 

【認知症予防・改善支援】

認知症の進行予防や認知機能維持に向けたアプリも登場している。mimiGemini AI活用アプリ)は、個々の認知機能レベルや生活習慣に合わせてパーソナライズされた認知機能訓練問題を自動生成する。回想法や画像・音声問題を組み合わせることで、継続的なトレーニングを支援し、認知機能低下の抑制に寄与する。また、NTTドコモの「脳の健康チェック」サービスは通話音声をAI解析し、脳の健康状態を簡便に把握できる。これらは本人や家族が日常的に利用可能であり、早期介入の契機となる。

 

【生成AIの役割】

生成AIは膨大な日常データを要約し、臨床的に重要な逸脱や相関を抽出する。患者ごとの生活文脈に合わせたパーソナライズ指導を可能とし、診療時には要点を簡潔に提示することで医師の判断を補助する。さらに、介護現場では記録の自動化により業務負担を軽減し、対人ケア時間を確保する効果も期待される。

 

【課 題】

認知症領域におけるAI・アプリ活用には以下の課題が存在する。

        データ品質におけるセンサー誤検知や記録抜けへの対応。

        説明可能性について、AIの判断根拠を簡潔に提示し、過信や形骸化を防ぐ。

        ワークフロー統合として、既存記録システムとの二重入力回避。

        プライバシー保護について、利用目的と共有範囲の明確化。

 

【展 望】

今後は以下の展開が期待される。

        保険診療対象化として、日本では禁煙・高血圧治療アプリが既に保険適用されており、認知症領域でもBPSD予測アプリや認知機能訓練アプリが保険収載される可能性がある。

        介護DXとの統合では、電子記録や見守りAIと連携し、包括的な認知症ケアプラットフォームへ発展。

        国際展開として、欧州のDiGA制度や米国FDA承認アプリとの連携により、グローバル展開が進む可能性。

 

【結 論】

認知症におけるAIとスマートフォンアプリの活用は、従来困難であった長時間の健康管理と予防的介入を可能にする。診断支援、BPSD予測、認知機能訓練、生活支援など多方面で有効性が確認されており、今後は保険診療制度への組み込みと国際的展開が進むことで、認知症医療・介護の質と持続可能性を大幅に改善する可能性がある。

 

【参考文献】

1.       厚生労働省. 「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」2025.

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/nop1-2_3.pdf(参照2025.11.26

2.       国立長寿医療研究センター. 「認知症予測アルゴリズムSOLPCSの開発」2024.

https://www.ncgg.go.jp/hospital/ictr/news/20250416.html(参照2025.12.1

3.       GEOM.ai. BPSD予測AIシステムの有効性に関する報告」2024.

https://geom-hd.com/wp-content/uploads/2023/10/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%97%87%E4%BB%8B%E8%AD%B7%E3%81%AE%E8%B2%A0%E6%8B%85%E3%82%92%E6%B8%9B%E3%82%89%E3%81%99%E4%BA%88%E6%B8%ACAI%E3%81%A8%E3%81%AFWEB.pdf(参照2025.11.26

4.       CureApp. 「治療用アプリの臨床試験結果」2022.

https://cureapp.co.jp/pdf/cureapp_impact-report_ver1.0.0.pdf(参照2025.11.26

5.       NTTドコモ. 「脳の健康チェックサービス」2023.

https://www.ntt.com/business/lp/brainhealth.html(参照2025.11.26

6.       FDA. Digital Therapeutics: Somryst 承認情報」2023.

https://www.somryst.com/why-somryst(参照2025.11.26

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