「独居×認知症×訪問介護」のリアルな限界点

 「独居×認知症×訪問介護」のリアルな限界点

結論から言います

「独居×認知症×訪問介護」は支援ではなく綱渡りです。
成立しているように見えるケースほど、実は
偶然の均衡
で保たれています。


1. この組み合わせが本質的に危うい理由

① 「空白時間」が圧倒的に長い

訪問介護は多くても

  • 1日1〜2回

  • 30〜60分

つまり生活の大半は無支援

認知症が進行すると

  • 服薬忘れ

  • 火の不始末

  • トイレ失敗後の放置

  • 外出して帰れない

これらは「支援外時間に必ず起きる。」

👉 訪問介護は「見守り」ではない、という事実が露呈します。


② 本人に「困っている自覚」がない

これが最大の地雷です。

  • 本人
    「私は大丈夫」「何も困っていない」

  • 周囲
    明らかに危険

👉 支援は“同意”を前提に設計されている
👉 認知症は同意能力そのものを壊す

ここに制度の限界があります。


2. 現場で実際に起きる「限界サイン」

管理者として、次のサインが出たら
在宅限界が近いと判断します。

限界サイン①:生活の破綻が「点」から「面」になる

  • ゴミ屋敷化

  • 異臭

  • 害虫

  • 冷蔵庫が空 or 腐敗

→ 一部ではなく生活全体が崩れている


限界サイン②:介護拒否が「固定化」する

  • 特定のヘルパーだけでなく

  • 誰が行っても拒否

これは
👉 環境調整ではどうにもならない段階。


限界サイン③:被害妄想の矛先が“事業所”になる

  • 「盗まれた」

  • 「勝手に入った」

  • 「あいつらは信用できない」

ここまで来ると
👉 サービス継続そのものが危険

職員を守る視点が最優先になります。


限界サイン④:事故が「予測できる形」で見えている

  • ガス元栓を何度も忘れる

  • 夜間徘徊

  • ベランダに出ようとする

  • 鍵をなくす

👉 起きてからでは遅い

管理者は
事故が起きる前に撤退判断をしなければならない。


3. 「まだ在宅で」と言われ続ける地獄

現場管理者が最も苦しむ局面です。

  • 本人:拒否

  • 家族:遠方・消極的

  • ケアマネ:板挟み

  • 行政:慎重

  • 事業所:責任だけ増える

👉 結果
訪問介護が“最後の防波堤”として使い潰される

これは
制度的虐待に近い状態です。


4. 訪問介護だけで抱えてはいけない理由

訪問介護は
「生活の一部を支える専門職」であって
「生活そのものを預かる職種」ではありません。

独居認知症で必要なのは

  • 24時間の安全担保

  • 意思決定支援

  • 金銭・契約管理

  • 緊急対応

👉 これは訪問介護の守備範囲外


5. 管理者としての現実的な出口戦略

① 「在宅継続」か「施設」か、ではない

第三の選択肢を常に提示します。

  • 小規模多機能

  • 定期巡回

  • グループホーム

  • 見守り付き住宅

👉 在宅100%から段階的に外す


② 「できている」ではなく「続くか」で判断

今できているか、ではなく
3ヶ月後も同じ形で続くか

認知症は改善しません
進行を前提に設計しない支援は破綻します。


③ 事業所の「撤退ライン」を明文化する

これは本当に大事です。

  • 職員の安全が脅かされる

  • 事故予見性が高い

  • 信頼関係が崩壊している

👉 ここは支援ではなく撤退

管理者が決断しないと
現場が壊れます。


6. 最後に、きれいごと抜きで

独居認知症を在宅で支え切ることは、奇跡に近い。

それでも現場は

  • 「できるところまで」

  • 「今日一日を無事に」

そうやって支え続けている。

だからこそ言います。

👉 訪問介護は限界を引き受ける仕事ではない。
👉 限界を見極める仕事でもある。

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