因果探索や因果推論の実践でよく用いられる実際のデータセットの例
因果探索や因果推論の実践でよく用いられる実際のデータセットの例です。これらのデータセットはそれぞれのドメインや目的に合わせて、変数間の因果関係の検証に使われるケーススタディとして有用です。
1. Sachsデータセット
概要 Sachsデータセットは、細胞内タンパク質のシグナル伝達ネットワークに関する実測データです。サンプル数は約700件、11種類のタンパク質(変数)を持ち、実験的介入により記録されたそれぞれの濃度や活性値が含まれています。
利用例
- 因果探索アルゴリズム(DirectLiNGAM、PCアルゴリズムなど)の評価
- バイオインフォマティクス分野で、実際の細胞シグナル伝達経路の因果構造を再現するためのベンチマークデータとして利用される
参考: Sachs et al., 2005
2. Tübingen Cause-Effect
Pairs データセット
概要 このデータセットは、多様な領域(経済、気象、医学、エネルギーなど)から抽出された変数ペアの集合です。各ペアについて「どちらが原因でどちらが結果か」が既知の、厳選された実例が多数収録されています。
利用例
- 1対の変数間で因果方向の推定精度を検証するタスク
- シングルペアごとにアルゴリズムの強み・弱みの比較評価に使用される
注: 手法によっては、数百のペアが公開されており、因果推論のベンチマークとして広く利用されています。
3. Job Training / NSW(National
Supported Work)データセット
概要 社会政策の効果検証のために作成されたデータセットで、職業訓練プログラムが参加者の収入や就業状況に与える影響を評価する目的で収集されています。
利用例 介入(訓練プログラム)とそのアウトカム(所得・就労率)との間で、因果推論の手法(例えば、傾向スコアマッチングや差分の差分法)を適用する実証研究
- 組織内のBalanced Scorecardにおいて、研修の効果からその後の業務改善、顧客満足、最終的な企業業績に至る因果の流れを評価する際の参考例としても考えられます
4. ビジネスパフォーマンスのケーススタディデータ
概要 Balanced Scorecard(BSC)の原則に基づいて記録された企業内データも、実は因果探索の有力な事例となり得ます。多くの場合、
- 職場研修データ(従業員のスキルアップ・研修参加履歴)
- 業務改善指標(内部プロセスの効率性、業務改善の進捗)
- 顧客満足度調査結果
- 財務指標(売上、利益、株価など) が時系列や部門間で記録され、適切な前処理と因果の前提検討を行えば、因果関係のモデリングに挑戦可能です。
経営戦略の改善に向けた仮説検証・シナリオ分析の基盤として利用可能
注意: こうしたデータは企業内部の機密情報として扱われる場合が多いため、一般公開されているものは限られますが、学術研究のケーススタディとして発表された例や、公開されている企業データ(例えば、上場企業のIR資料に基づくデータなど)もあります。
5. その他の一般的な公開データセット(UCI、Kaggleなど)
概要 元々因果推論用に設計されていなくても、例えば「Adult Income」や「Wine Quality」などのオープンデータは、ドメイン知識を加味することで疑似的な因果関係の検証に使えます。
利用例
- 専門家の判断で変数間の因果関係を仮定した上で探索手法を試験する
- 因果推論のための実験的なシナリオ作成の参考となる
まとめ
多くの実際のデータセットは、それぞれ収集目的や対象領域が異なりますが、因果関係の推定を試みるためには「変数間に潜在的な因果的影響が存在すること」「介入や時系列によって因果の方向性が考察できる」点が重要です。
たとえば、生物学的プロセスの理解を目的とする Sachs データや、社会政策の評価を目的とする NSW データ、そして経営指標の因果探索における企業内部データは、いずれも多角的な因果推論アプローチの検証と応用に非常に役立ちます。