小論文01 科学的根拠に基づく排泄ケアの展望 -EBCCの理念と因果推論を活かした支援の構築-

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 科学的根拠に基づく排泄ケアの展望

EBCCの理念と因果推論を活かした支援の構築-

社会医療法人崇徳会 地域総合サービスセンター 副センター長 山口勇司



はじめに

「すべての人が気持ちよく排泄できる社会の実現」は、私たちが掲げる排泄ケアの理念の根幹にある。排泄という人間の根源的営みに対する関心と理解は、しばしば社会的な偏見や無関心によって阻まれてきた。しかし、超高齢社会を迎えた日本において、排泄ケアの重要性はますます増しており、その質の向上は単なる身体的ケアを超えて、尊厳の保持や生活の質(QOL)の向上に直結するものである。

私たちはこの理念を具現化するため、相談支援、SNSやブログによる啓発、そして書籍の執筆と出版を通じて広く社会に働きかけてきた。これまでに出版した3冊の書籍に続き、今回、特に科学的根拠に基づく排泄ケア(Evidence-based Continence Care, 以下EBCC)に焦点を当て、因果推論や推測統計学といった統計科学の手法を導入した新たな書籍を2冊刊行した。

本稿では、EBCCの理念とその実践において統計的因果推論が果たす役割を明らかにし、出版した2冊の書籍の内容を通じて、排泄ケアにおける「エビデンスに基づく意思決定」の可能性と意義について論じたい。


EBCCとは何か

EBCCは、「Evidence-based Continence Care」の略称であり、私たちの活動におけるキーワードである。「Evidence-based」は「根拠に基づいた」、すなわち実証的データや科学的調査による裏付けのあるという意味であり、「Continence」は「排尿・排便のコントロール」、「Care」は「ケア」や「支援」を意味する。すなわちEBCCは、「科学的根拠に基づいた排泄ケア」を意味している。

この理念のもとに行われるケアは、単なる経験則や慣習に依拠するものではなく、再現性のある観察や分析に基づいた体系的な実践である。私たちはEBCCの理念を広め、実際の現場に根づかせていくために、統計的手法によってケアの有効性を検証し、結果を社会に還元する必要性を感じていた。こうした背景のもと、以下に紹介する2冊の書籍を通じて、科学と実践を結びつける試みを行った。


書籍1『因果推論と排泄ケア』

第一の書籍『因果推論と排泄ケア: Pythonを学び、因果推論で検証!根拠に基づくケアの仕組づくり』は、排泄ケアにおける因果推論の実践的応用をテーマに構成されている。本書では、Pythonというプログラミング言語を用いて、統計的な分析手法を学ぶだけでなく、それを実際のケアの質向上にどう活かせるかを探っている。

因果推論とは、ある介入や要因が別の結果にどのような影響を及ぼすかを、科学的かつ厳密に評価するための手法である。特に医療や福祉の現場では、「このケアがどのような効果を生むのか」という問いに対して、客観的な根拠をもって答える必要がある。本書では、線形回帰分析、仮説検定、シミュレーションによる介入効果の予測、そしてDAG(有向非循環グラフ)や反事実モデル(Rubin Causal Model)などを導入し、排泄支援に関する因果構造の理解を深める構成となっている。

また、誤謬の認識や非論理的な思考への対処といった、批判的思考を養う章も設けており、単に技術的知識の習得にとどまらず、「考える力」を育てることにも重点を置いている。これらは、データサイエンスの枠組みであるPPDACProblem–Plan–Data–Analysis–Conclusion)メソッドに則った学習プロセスを通して体系化されている。


書籍2『医療従事者が書いた因果推論と推測統計学』

第二の書籍『医療従事者が書いた因果推論と推測統計学: Pythonシミュレーションの実践で、根拠に基づく仕組を作る』では、より幅広い読者層に向けて、「排泄ケア」という言葉に馴染みがない人々にも手に取ってもらえるよう、記述を抑えた内容とした。こちらでは、医療・介護福祉分野に共通する「根拠に基づいた支援の仕組みづくり」という観点から因果推論を紹介している。

現代のケア現場においては、「この支援は本当に効果があるのか」「対象者の生活の質にどう寄与しているのか」といった問いが、かつてないほど問われるようになった。これに応えるためには、経験と勘に頼るだけでなく、定量的なデータに基づいた分析が不可欠である。

本書では、仮説検定や信頼区間といった推測統計学の基礎を踏まえつつ、Pythonによる介入効果の数値シミュレーションを通じて、因果推論の実践的な活用方法を丁寧に解説している。特に、現時点では学術的な検討段階にとどまっている点を明示しつつも、読者と共にこのテーマを深めていきたいという姿勢を明確にしており、今後の研究や実装への広がりを見据えた構成となっている。


統計的因果推論の実用可能性と課題

排泄ケアに因果推論を適用することは、単に統計的興味にとどまらない。むしろ、介入の効果を精密に見積もり、限られた資源の中で最も効果的な支援を行うための科学的意思決定の礎となる。このようなアプローチは、今後のEBPMEvidence-based Policy Making)や個別化ケアの推進にも資するものと考えられる。

一方で、因果推論のモデルは前提条件が多く、介入が現実の場面で複雑に絡み合う医療・福祉の現場にそのまま適用するには困難が伴う。よって、シミュレーションやデータベースの設計段階から十分に現場性と整合性を確保する必要がある。これは今後の課題であり、実証研究との接続が求められる分野である。


おわりに

本稿では、EBCCの理念とそれを支える因果推論・推測統計学の実践的な応用について論じた。排泄ケアという繊細なテーマに対して、科学的アプローチを導入することは、従来の経験則に新たな光を当て、ケアの質を客観的に評価・改善する道を拓くものである。

私たちはこれからも、EBCCの普及と深化を目指し、啓蒙活動、教育、研究に取り組んでいく所存である。そして、誰もが「気持ちよく排泄できる社会」の実現に向けて、科学と人間性の調和を図りながら歩みを進めていきたい。


参考文献

①排泄ケア総合研究所(排総研)教本| 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2023/6/6

 ②排泄ケア総合研究所(排総研)教本 【特別企画】経営手法の排泄ケアへの適用 | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2023/8/10

③排泄ケア経営の試み: SWOTBSC等の経営管理手法を用いた戦略的排泄ケアへの挑戦 | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC |  2023/9/21

④医療従事者が書いた因果推論と推測統計学: Pythonシミュレーションの実践で、根拠に基づく仕組を作る | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2025/2/18

⑤因果推論と排泄ケア: Pythonを学び、因果推論で検証!根拠に基づくケアの仕組づくり 排総研教本 | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2025/2/5

⑥スマホでPython(前編): スマホでPythonが無料で学べる自己啓発書 | 1 | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2020/9/12

 ⑦スマホでPython: ~テキストマイニングや機械学習を実装し 内容充実の改訂版~ 第2 | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2020/12/13

⑧スマホでPython: シリーズ No3 技術編は、スマホのセンサ利用/音の視覚化/ダイヤログボックス/感情分析/ワードクラウド/パラメータ最適化/モデル性能評価等、スマホでPythonを徹底活用 | 山口勇司 | 販売者:Amazon Services International LLC | 2021/10/15





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